尾道水道の夜景は美しい。きっとこれは夜の尾道を訪れた人には周知の事実かもしれません。
特に、尾道の山側から見る夜景は観光スポットとしても度々紹介される、尾道夜景の名所です。
しかしちょっと視点を変え、渡船で向島へ渡れば、海を挟んだ尾道の心奪われる夜が目の前に。溜息が出るほどの感動を約束します。
尾道水道は、尾道と向島を隔て、町の中心を通る海。幅200メートルの短さ故、「海」と名が付く「川」のような雰囲気と言えば、イメージが湧きやすいでしょう。
南北にかかる渡船航路は、現在3本。朝から夜まで、住民や観光客の足として、ひっきりなしに運行しています。
夜も更けると、向島へ戻る会社員や学生が、自転車、車、徒歩など、それぞれの帰路道を渡船に委ねます。今回、3本の航路の中から尾道渡船を使用。徒歩であれば、片道ワンコイン100円の運賃です。
フェリーを降り立つと、向島の兼吉地区へ到着。目の前に見えてくるは、大林宣彦監督の新尾道三部作「あした」の舞台となった呼子丸の待合所ロケセットです。映画好きにも、たまりませんね。
尾道市街と近いといえど、ここは島。本土より抜けのいい潮風に誘われて、海辺へ向かいます。待っていたのは、暖色のライトアップと、尾道のあらゆる明かりが交錯する海夜景です。
コンクリートの堤防に腰掛けて、ただただ向こう岸を眺めること30分。何もしない時間がこんなに愛おしいとは。
誰もいない。聞こえるのは渡船が行き交う音と、さざ波、そして自分の呼吸。それは孤独とも呼べる、忙しい現代には贅沢な、至高の時間。
この美しさを誰かに伝えたい。頭に浮かんだあの人に、「活版カムパネルラ」のメッセージカードを添えて、現像した写真と共に贈ったら、どうだろう。
きっと、喜んでくれるはずです。
帰りも、もちろん渡船を利用します。時刻表はなく、人が一定数集まれば、または一人でも動いてくれます。
この日の乗船は、たまたま一人。渡船も景色も独り占めです。
片道約5分。船旅というと短すぎる旅ですが、ただ渡るだけで見える尾道情景は、気付かないうちに、心に養分を与えてくれます。
TEXT&PHOTO/大須賀あい
尾道向島のジャム工房cosakuü(コサクウ)