読み物
広島県尾道市

二夜連続読物「妖しい尾道」第二話
開店時間は真夜中23時
尾道の隙間に息づく夜の古本屋

二夜連続読物「妖しい尾道」第二話<br>開店時間は真夜中23時<br>尾道の隙間に息づく夜の古本屋

尾道には、深夜のみ営業する古本屋があるらしい。そんな噂を聞きつけて、車を走らせたのは尾道商店街を抜けた東側。8月は、一般的なガイドには載っていない、ニッチで妖しいディープな尾道をご案内。夜は暗い。夜は怖い。光のあるほうへフラフラと引き寄せられれば、そこは「古本屋 弐拾dB」。夜が沈む尾道で、明日の一冊、探してみませんか。

 

 

築約60年の元病院を深夜営業の古書店に

 深夜の尾道に、ポツンと佇む「古本屋 弐拾dB(ニジュウデシベル)」。平日の開店は、人が寝静まるはずの23時。人通りも少なくなった尾道の繁華街の片隅で、息を潜めるようにひっそりと営業しています。看板に灯りがついていれば、それはオープンの合図です。

 

 

 

 

 明るいうちに行動する生き物は、日が暮れるにつれ、できることが限られてきます。人間もその繰り返しのはずなのに、開店と同時に、ひとり、またひとりと客が訪れ、思い思いに本を選び始めるのです。

 

 

 

 

 どこか妖しさ漂うのは、深夜営業という特殊な形態がもたらすものだけではないでしょう。ここは昔、医院だった場所。内装にほぼ手を加えていないという店内には、約60年前の面影があちこちに散らばっています。

 

 

 

 

流れついた尾道で見つけた古本屋店主という道

こんな稀有な古本屋を営むのが、藤井基二さんです。

 

 

 

 尾道のお隣、福山市で高校生活を送っていた藤井さんは、太宰治や中原中也の世界に触れ、文学の道へ進もうと京都の大学へ進学。日本文学科で日々研究を重ね、更なる高みを目指し大学院進学を目指しますが、迷い惑わされ、色々あって断念。京都の企業で内定ももらっていたそうですが、悩みに悩んで辞退。結果的に無職で大学を卒業し、帰郷。巡り巡って、尾道のゲストハウス「あなごのねどこ」で働くことになったそうです。

 

 

 

 

 その後、生粋の文学青年が選んだのは、古本屋店主という道。縁あって2016年、自店である「弐拾dB」を尾道に構えます。

 

「古本屋。古本屋しか頭に浮かばなかったんです。学生時代に色々諦めちゃったから、もう頑張るしかないなと。僕には本しかなかったから」

 

 

 

 

 深夜営業というスタイルは、決して他点との差別化をはかったわけでなく、当時の生活スタイルそのままが反映されたといいます。

 

「ゲストハウスの仕事を辞めるつもりはなかったんです。だとすると、古本屋の営業は、アルバイトが終わった深夜になる。2つの仕事をかけもつために、夜の営業を選んだだけです」

 

 藤井さんの頭の書棚には、巷でよく見かけるビジネスブランディング本は並んでいないようです。そこには、戦略も、理論も、事例も、特別なコンセプトもありません。

 

ただ、尾道で本を売る。

 

 その行為には、本とまっすぐに向き合うからこそ生まれる、同店の愚直な美しさが垣間見えるのです。

 

 

一期一会で出会う古本から、声と音をひろう

店名の由来となったのは音の単位。「弐拾dB20デシベル)」は、木の葉がゆれる音、雪が降る音など、普段人間が聞こえない小さい音を表しています。

 

 

 

 

「古本には、声と音があるからね」と、藤井さん。

 

 

 

 

 お店を埋め尽くすのは約2000冊の本です。文芸、芸術から絵本や雑誌、藤井さんがセレクトした新刊書まで、あらゆる分野を網羅した程よい品揃えに胸が高鳴ります。どの書棚も、抜き差ししやすいように余裕があり、本を選ぶことに集中させてくれる店主の配慮が伺えます。

 

 

 

 

「古本は、必ず誰かの手にあったもの。流れ流れて、うちにやってきた本たちです。たまに、本の間にメモが挟まっていたり、線引きされていたり、所謂傷物と扱われるものもあります。でも、その本はその1冊しかない。古本との出会いは、一期一会なんです」

 

 もしかすると古本とは、消えていってしまう昔を、今につなぎ止めてくれるツールなのかもしれません。安く手に入るだけでなく、誰かが読んだ記憶が、現代に紡がれていく。

 

「古本には、声と音がある」

 

 店内に流れるのは、思考を邪魔しない深夜ラジオと、時間を刻む掛け時計、そしてたまに通る貨物列車の音だけ。しかしこの空間で耳をすませば、本たちの小さな息遣いが聞こえてくるようです。

 

 

静かにそっと寄り添ってくれる、夜の闇と本と店主

 尾道に住む人、広島県西部や県外から車を走らせてくる人、観光客、同店を訪れる人は老若男女さまざまだといいます。

 

 もちろん目的は本を探すためですが、その時々で、楽しい気持ちの人もいれば、悲しい気持ちの人もいるでしょう。そうしたどんな思いも静かに受け止めてくれるお店の雰囲気、そして藤井さんの人柄も、ここを訪ねたくなる理由の1つかもしれません。

 たわいのない世間話から、複雑に絡んだ頭と心の内側まで、なぜかポロッとこぼしてしまう。ほろほろと自由な気持ちになるのも、この空間の特徴といえるでしょう。

 

 

 

 

「僕、すごい人見知りなんですけど、初めて来てくれたお客さんに対してはなるべく『わかんないことがあったら聞いてくださいね』って声をかけるんです。それは、『ここにいていいよ』っていう意味も含んでいるのかもしれない。僕自身、サークルのようなコミュニティ特有のノリに馴染めなかったから」

 

 一般常識から考えれば、深夜の古本屋は異空間です。しかし、毎日を必死で生き伸びようとする私たちの背景を考えれば、むしろ人が人らしさを取り戻す、もっともナチュラルな場所のように思えます。

 

 

 

 

 はっきりとは表現できないけれど、藤井さんから感じるのは、静かな感情の渦です。抵抗できない大きなものに対する焦りや怒り、適度な熱さとゆるさ。そして孤独。

 

「お店のコンセプトを聞かれると『古本屋です』と答えます。ここは古本屋以外の何物でもない。でもね、僕はひねくれてるから、人と同じことしたくないとも思ってるんです。だから色々迷ってる。迷うこともある」

 

 

 

 

 帰り際、「お店が社会や地域にとって、どんな存在でありたいか」を聞いてみると、藤井さんからこう返ってきました。

 

「特に何もないよ。本屋であればいい。強いて言えば、夜の逃げ場所かな。僕が解決できることなんて何もないんだけれど」

 

 日々の暮らしの中で、いつの間にかたくさんのものを失い、穴だらけで、傷もたくさん。きっとそれは、一定数を除く「私たち」に当てはまるのではないでしょうか。現代社会の枠組みから外れて焦り、克服できない生きづらさと、どうしようもないかっこわるさに苛まれてしまう。でも、それでいいじゃないか。生きてみようじゃないか。

 店主の剥きだしの人生と、危うさと強さが優しく染みわたり、少し心が軽くなる。真夜中の古本屋は、自分を見つめ直す心の拠り所になるのかもしれません。

 

 

 

 

 「弐拾dB」で文庫本を買うと、薬袋を模したオリジナルのブックカバーがかけられます。効能には、迷、淋、涙、浸、恋、喜、落・・・・の13の症状が。飲む薬ではなく、読む薬。

 本を読む行為は孤独ですが、そこから始まる物語や対話があることを、この店は教えてくれます。人生を変えてしまうかもしれない1冊、探してみませんか。

 

消せない思いが光となって灯る、深夜の古本屋にて。

 

 

■店舗情報

・店名/古本屋 弐拾dB(ニジュウデシベル)

・住所/尾道市久保2-3-3

・電話番号/080-3875-0384

・営業時間/平日23:00~翌3:00、土日11:0019:00

・定休日/木曜

 

 

 

 

TEXT&PHOTO/大須賀あい

 

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